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アメリカモミジバフウ
一昨年、よく通っていた公園でアメリカモミジバフウの種を拾った。それを翌年の春まで乾燥しないようにして蒔き、それからほどなくしてみごとにたくさんのタネから芽が出た。夏になり株によっては20cm近く成長したのだけど、その年の秋口になって葉にたくさんの毛虫がつくようになった。せっかく大きな葉が育ってきているのに油断していると毛虫にごっそりと食べられてしまう。それが嫌で毎日のように葉の裏をチェックして、毛虫を見つけるたびに捕まえて近くの草むらに放つようになった。それから少し経ったころ、毛虫はまったく出なくなった。そして冬になってみると甲斐甲斐しく守ったモミジバフウの葉はすべて枯れてしまいひょろひょろのまだ茎とでもいえそうな軸だけが一本残った。なにせ落葉樹なのだ。ひょっとしたらもう少し毛虫に食われたってよかったのかもしれない。 今年に入り暖かい日が増えてきて、その軸だけになったモミジバフウからは新しい葉がでてきつつある。まだまだ小さい葉だけどみるみる大きくなるのだろう。とても楽しみだ。
引っ越し
長崎県長崎市から愛知県三好市へ、長崎へ一度戻り今度は愛知県名古屋市中川区、その後は愛知県半田市岩滑中町3丁目、半年間だけ半田市栄町、また半田市岩滑中町3丁目へと戻ってくるがすぐ岩滑中町5丁目へ。その後は半田市柊町、愛知県常滑市かじま台、常滑市北条、常滑市大谷、現在住む埼玉県へ。ここの市内でもその後一度引っ越している。これまで13回引っ越してきたわけだ。 岩滑中町5丁目へ越したのが5歳か6歳くらいだったと思う。二つ上の兄の友人で小学校の同じ班区のこうちゃん家だったか近くの商店ナルセで借りたリヤカーを家族みんなで引っ張り何往復かして引っ越した。気持ちよく晴れた日で随分と呑気な気持ちだったのを覚えている。父は運べなくて質へ入れることができなかったと聞かされた両親の結婚道具の大きな衣装箪笥、化粧台、食器棚は母の仕事のお客さんだった運送屋の社長と社員の人らが軽トラで3、4人掛かりで運んでくれた。今になって思い返すと父がそれらを質に入れなかったのは大きくて運べなかっただけではなかったのだろうな。 埼玉へ来た時の部屋はロフト付きの6畳ワンルーム。現在は賃貸
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