top of page

引っ越し

  • 1月26日
  • 読了時間: 4分

更新日:5 日前

 長崎県長崎市から愛知県三好市へ、長崎へ一度戻り今度は愛知県名古屋市中川区、その後は愛知県半田市岩滑中町3丁目、半年間だけ半田市栄町、また半田市岩滑中町3丁目へと戻ってくるがすぐ岩滑中町5丁目へ。その後は半田市柊町、愛知県常滑市かじま台、常滑市北条、常滑市大谷、現在住む埼玉県へ。ここの市内でもその後一度引っ越している。これまで13回引っ越してきたわけだ。

 岩滑中町5丁目へ越したのが5歳か6歳くらいだったと思う。二つ上の兄の友人で小学校の同じ班区のこうちゃん家だったか近くの商店ナルセで借りたリヤカーを家族みんなで引っ張り何往復かして引っ越した。気持ちよく晴れた日で随分と呑気な気持ちだったのを覚えている。父は運べなくて質へ入れることができなかったと聞かされた両親の結婚道具の大きな衣装箪笥、化粧台、食器棚は母の仕事のお客さんだった運送屋の社長と社員の人らが軽トラで3、4人掛かりで運んでくれた。今になって思い返すと父がそれらを質に入れなかったのは大きくて運べなかっただけではなかったのだろうな。


 埼玉へ来た時の部屋はロフト付きの6畳ワンルーム。現在は賃貸の戸建てに一人で住んでいる。いい生活をしているなあと思う。

 以前住んでいたワンルームが作品とそれに関わる部材でいっぱいになり、布団を敷くスペースと玄関からそこへ行くまでの、人が一人通れるくらいの動線しかスペースがなくなってきたとき、要望を伝えていた不動産屋さんから「いい物件が出ました」と連絡があり、その時の家賃からプラス3万円だったいまの住まいを即決した。

 ワンルームのスペースがなくなってきそうだなという頃、自宅から線路を挟んで自転車で10分圏内にあるガレージや納屋を持つ農家のお宅に名刺とこれまで参加したグループ展などのフライヤーを持参し「作品の制作と保管の場所を探しています。もしよければお借りできませんか?」と飛び込みで回ったがどこも断られた。その周辺にあっただれも住んでいなさそうな一軒家や平家のお宅などは近所の方に聞き所有者を探したりもした。コンテナ倉庫は夏場は温度が高くなりすぎる懸念と広さに比べて価格の高さから見送った。

 倉庫の用途で貸し出しされている物件も回った。その中でも90㎡のワンフロアぶち抜きの法人の倉庫として使われていた場所があった。市営団地のそばにある二階建ての、これまで商店で使われていたと思われる一階部分と住居部分の二階のある建物。その地下一階がその倉庫だった。コンクリートの打ちっぱなしの床と白く塗られた壁に高い天井。壁には全面に以前の法人が設置したであろう金具が打ち付けてあり、そこにフックでもつければすぐに100号サイズの平面作品が掛けれるようになっていた。ギャラリーにもできそうな場所だった。剥き出しになった手すりのないセメントの階段とそれを照らす地上からの光。用途が倉庫なのもあり水道設備は建物の外に水道の蛇口が一個。トイレはこれまた外に道路工事の現場で臨時に使ってそうな簡易的なものだけ。とんでもなくカビ臭かったけど月額が広さに比べて極端に安く、なにより場所が気に入った。とはいえワンルームを借りながらこの物件を新たに借りる余裕はなく、思わず不動産の担当者の前で「これだったらもうここに引っ越してようかな」と口にしてしまい「住居用ではないので絶対だめです」とぴしゃりと言われた。冗談だと取り繕ったがその後その担当者とは連絡が取れなくなってしまった。


 今年の年明け、現在の住まいの大家さんの奥さんとお嬢さんが尋ねてみえ、大家さんだったご主人が亡くなったとのお話を伺った。それに伴っていま僕の住んでいる場所も売りにだそうと思っていると話があった。「それがいつになるかわかりませんがそれまでは原状回復などしなくていいのでどうぞご自由に使ってください」とのことだった。

 気づけば埼玉に来て7年も経つ。本当に早い。こちらは地元に比べるとあまりに自然が少なく一度は知らない緑の多い土地へ移住も考えた。ワンルームに住んでいるとき、ロフトに上がる梯子に縄を括って首を吊った。意識が遠のいていく瞬間、我に還って慌てて縄を首から外した。いざとなってみれば死ぬ勇気はなかった。だから、ようやくそれでそれなら寿命か病気かはわからないけどもそれまで生きてみようと思えた。


 今年の春か秋だったか自宅近くの川沿いを歩いていたときに「この家はいつでも帰ってこれる場所にしたいな」なんてふと思った。どこまで遠くに行ってもここには帰ってきたい。どうなるか分からないけど。そうなったらいいなって思うし、そうしたい。それでももし離れることになったらここで色々やろうかな。大切な場所なので、やらなくてもそれはそれで。

 
 
 

最新記事

すべて表示
アメリカモミジバフウ

一昨年、よく通っていた公園でアメリカモミジバフウの種を拾った。それを翌年の春まで乾燥しないようにして蒔き、それからほどなくしてみごとにたくさんのタネから芽が出た。夏になり株によっては20cm近く成長したのだけど、その年の秋口になって葉にたくさんの毛虫がつくようになった。せっかく大きな葉が育ってきているのに油断していると毛虫にごっそりと食べられてしまう。それが嫌で毎日のように葉の裏をチェックして、毛

 
 
 

コメント


  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

©2019 by Untitled。Wix.com で作成されました。

bottom of page